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ふつうってなに?

雑記ブログです。色々と興味を持ったことを記事にしています。

発達障害者(パートナー)の気遣いが邪魔。

発達障害
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ども!キヨスイ(@kiyosui_goraku)です!

 

僕は発達障害者と仕事をしています。

僕は彼に気を使ってほしくないんです。全くと言っても気を使って欲しくない。もうやめてほしいと思うレベルで。

このお話。

 

あ、これは美談じゃないですよ。

 

▼この話の気遣いの前提

僕が言っている気遣いは、一緒にご飯を食べてお箸を取ってあげる程度の気遣いをしているのではなく。シビアな状況でも相手を思いやれるか?という部分での気遣いです。

 

発達障害者(パートナー)が気遣いすると空回り。

何か問題や失敗が起きたときに追求すると彼はこう言います。

 

  1. 「こうした方がキヨスイがやりやすいと思ったから」
  2. 「この時間は迷惑だと思ったから」

 

言葉だけ読むと僕に気を使ってくれての行動に見えますよね。

 

1の場合は、大体ハズレている。

逆にやりにくくなっている。発達障害者なので、僕はいつも曖昧な指示はしません。以前、同じことがあっても曖昧な指示はしないようにしています。

苦しんだ3年間で学んだからね。

なので、気を使って何か行動してくれたときって余計なことになっている状態が多いんですよ。

彼はアスペルガー症候群なので元々空気が読めないので、気を使うと90%以上でハズレ。読めないんだから、読まないで行ってくれ。そっちの方がカッコイイと思う。というか弱点を無理に克服するのは何か間違っている気がする。

それだったら、強みを伸ばす方が断然良い。

 

ただ、弱点を野放しにしてしまうのもどうかと思うので、最低限の防止策はした方がいい。それが僕のやっている『曖昧な指示をしない』だと考えている。

 

空気を読めないのだから、逆に空気を読まない『余計なこと』をくっ付けてきてくれた方が100倍面白いし、ミラクルが起きる。

 

2の場合は、だいたい連絡事項関連で起きる。

即時にほしい情報などが、3日間遅れ、またはそのまま忘れ去られるという状況に何度も陥っている。

メール、電話は24時間気づいたら受け付けるという話もした上でこういった勝手な気遣いが発生しているときがある。

 

そもそも、気遣いというのは相手が良く思わないことは全て無になるから、気遣いとは言えないんじゃないか?と書いてて思うほどだ。

ADHDの多動性の影響などで忘れてしまうということが日常茶飯事の彼なのだから、忘れないうちにすぐに連絡することが防止に繋がると思い、こういった体制になっているにも関わらず、連絡をしない。

なぜ、気遣いをするのか?掘り下げてみた。

つい最近、同じようなことが起きたので、「なぜ、気遣いを無駄にするのか?」を二人で掘り下げてみた。

 

結局、僕への気遣いというものを盾に使って自分のめんどくさいに蓋をしているだけだった。

 

どういうことかと言うと...

1の場合、僕がこうなった方がいいと思ってではなく、自分の気持ちの根底に「こっちの方が楽」が入っている。

もちろん、楽をすることは良いことだ。しかし、楽をしているのはお前だけでこっちに負担がかかっている(笑)

チームで作業を完了するという点で見ると全体的に負担が増えている。あぁ残念(笑)僕が持っていないスキルを持っていなかった、または他に代替えが居たら即座に切っている(笑)

 

2の場合、自分が手軽に連絡ができない状況によって後回しにしていた。

それによって、連絡事項関連がものすごく遅れることがある。

 

掘り下げた結果、どちらも自分の保身的な考えを正当化するためにキヨスイへの気遣いというものを盾に使っていたのだ。

この盾って割とあるよね。

僕も全くないわけではないので、そうしてしまう気持ちはわかるが仕事の上では全くわからない。

うん1mmもわからない。

 

この盾ってわりと偽善したい時に使用すると思うんだけど、後々めんどくさいことになる確率が90%以上ありますよね。

要するに100%相手のことだけを思っていない状況でとった気遣いって相手にとってマイナスになることが多いですよねってこと。

 

僕は、10代の頃に気遣いができないと周りの大人から怒られたことが良くあった。

当時付き合った子にも言われたことがあった。

 

当時は、気遣いが僕はできないなぁ...と感じていた。ちょこっとだけ悩んだ時期もあった。

でも今考えると100%相手のために思って行動できる相手が居なかったとも取れる。まぁこれはこれで問題だけど(笑)

 

ちなみに僕の仕事パートナーは気遣いが出来ないと言われてきたことは、あまりないと思う。僕にも気遣いどうだらの説教をした時があったからね。

 

その彼の気遣いがシビアなところに行けば行くほど、状況悪化に繋がっていくということは本当に皮肉だ(笑)

気遣いたくない相手には使っても意味がない。

ちょっと文章が長くなってきたから、気遣いの定義をもう一回説明。

僕が言っている気遣いは、一緒にご飯を食べてお箸を取ってあげる程度の気遣いをしているのではなく。シビアな状況でも相手を思いやれるか?という部分での気遣いです。

 

話を戻します。

で、僕なりに気づいたんですけど気遣いとかって本心で使いたい相手以外には使っても意味がないですよね。

もちろん、そこには自分の余裕も必要だし、上下関係があるのであれば忠誠心も必要になってくると思う。その上、相手の状況を良く把握していないとダメだ。理解ではなく把握。

 

これらが無い状況、なおかつシビアな事柄の場合は気遣いを使っていても特に意味をなさないか、マイナスがなることが多い。

 

だから、気遣いは使いたくない相手や適当な相手に使っても意味がないんじゃないか?という結論に至っています。

まとめ

久しぶりの発達障害オピニオン記事で長くなったのでまとめておきます。

  • 気遣いを盾にするとめんどくさいことになる。
  • 盾は割とある。それは自我が無駄に混ざっている。
  • 気遣いたくない相手には、見せかけでやっても無駄。
  • パートナー(発達障害者)は気遣いをしないでほしい。めんどい。

こんな感じですね!

最近出た問題だったので、文字化しておきました!

 

でわ!