人間が生きる必然性と理由が全く見つからないんだけど、これどうなってんの?

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ども!キヨスイ(@kiyosui_goraku)です!

 

最近、ヒマ人が少しばかり続いています。

「時間がナイナイ」と言っている時、困りますよね。

「時間がありすぎる」と言っている時もかなり困ることに気づいております。

このバランスを保つのが難しいのですが。これを読んでいるあなたもどちらかに当てはまりませんか?

 

と、まぁそんな時間を使って「人間ってなんで生きているんだろう?」を自分なりに考えてみました。

 

この記事の結論

  • 時間がありすぎると考えても仕方ないことを考える。
  • 人間が生きる必然性ってないんじゃないか?
  • 他の生物の必然性がすごい
  • 必然性がないから自己肯定感や存在意義みたいなものを確かめるのではないか?
  • 人間って弱い
  • キヨスイの一人称を『おれ』に変えます。

 

暇だったので、人間のことを考えてみた。

暇すぎて、おれってなんで生きているんだろう?的なものを考えてしまいました。

考え始めは、おれって超ゴミクズな人間だ...生きている意味あるのかな?

というところではなくて、なんで生まれてきて生きているのかな?というところがスタートです。

 

自分のことだけにフォーカスするとネガティブ思考に陥りそうだったので、枠を少し広げて人間まで落とし込んでみた。

人間ってなんで生きているのか?

 

道徳的に言うと、授かった命なので一生を全うしましょう。とかいう言葉が出てきたんですけど、なんかちげーなぁっていう感じ。

なんで違うんだろう?なんか人間が生きる必然性というものがしっくりこないんですよね。

 

人間って自殺できちゃう

あ、なんかすげぇ見出しになった...かなりヤバイ見出しになった。

おれは自殺しませんし、自殺したくないです。ご安心を。

 

人間が生きている必然性を探すとやっぱり矛盾があるんですよ。人間って自殺できるじゃないですか。

必然性があるものってその行為ができないと思うんですよね。他の動物だと自殺という概念がないです。

 

でも人間はできちゃう。もし人間に生きる必然性があれば自殺ができないようになっていると思うんですよ。

なんか自殺できない強制的なものがもともと自然の摂理であるんじゃないかって疑問。でも人間はないから、生きるのに必然性をやっぱり感じられない。

 

授かった命の全う

上記で書いている『授かった命の全う』ってことを道徳的に打ち付けられても、それって人間が人間のために作ったものでしょ?

って斜に構えて聞いてしまうおれは、かなりの捻くれ者だと認識はしています。人間が作った人間のための概念だとやっぱり必然性からすごく遠いところに感じるわけですよ。

 

確かに生まれてきた限りは『世のため人のため』に生きるのがいいでしょう。現代的に加えて言うなら『自分のため』も入れていいかもしれませんね。

ただここには必然性が全くない。人間が地球上でここまて発展していったのが本当に不思議でならない。

 

もう、おれの頭の中はなぜなぜなぜなぜ?

 

「????????」

 

ってなってしまった。

 

基本的に人間のためにしか動いていない

人間以外の生物って食物連鎖とかにほぼ全ての生物が絡んでいるじゃないですか。あんまり詳しくはないんですけど。

 

これって結局、他の生物や地球上に影響を与えているんですよね。もちろん、良い面と悪い面の両方があると思うんですけど。

 

ただ、人間ってここに絡んでいないんですよね、基本的に。

もちろん一部の動物愛好家やボランティアなどで自然を大事にしている団体は絡んでいるかもしれませんが。

必然的に絡むことになっているわけではなく、自分から能動的に絡みにいっている感じがするんでちょっと違う気がしています。

 

人間以外の生物は存在している必然性が、あるんだなぁと今日考えていてすげぇ...ってなってしまった。

 

存在意義が必要になってくる

考えていると人間って地球上で一番弱い生き物なんだなぁ...と感じてしまいました。もちろん、物理的にはそこまで弱くない。精神的にね。

 

他の生物のことを考えると人間は社会性も必要とするし、存在意義も必要としている。そして自己肯定感や承認欲求に繋がっていて、これらがないと生きていけない人間が大多数なはず。

 

この弱さがあったから、人間の歴史を作ることができたとも言えるのかもしれないですけど。

生きるための理由をここまで探す生物って他にいないんじゃないか?じゃあなんで生まれてきたの?ここまで繁殖したの?ってすげぇ謎になってくるんですよね。

 

頭の中パニックですよ!

 

なぜ生まれてきたかわからない

必然性のなさがの極みが『なぜ生まれてきたかわからない』なんですよ!

生まれてきてから、生まれてきた後付けをしなきゃいけないってどういうこと?なぜ自分が生まれてきたのか?説明できる人います?

後付けなしよ!おれは説明できないんだけど、説明できる人って『気づき』だと思うんですよ。

 

家族を持ったりして、「あ、この家族を守るために生まれてきたんだ」って気づいた人いるかもしれません。

 

この『気づき』っておれからすると『誤認識』と背中あわせに感じてしまうんですよ。別にそれでなくても良かった。たまたまそれだった、だけってね。

 

だから人間は自由とも言えますし、幸せという言葉が出来上がったんだと思うんですけど。生まれてきた理由がわからないって、今日の結論的に個人的に一番ショックだった。

 

自分が生まれてきた理由を考えたとき、空っぽだったんですよね。

普段自分が取っている行動には理由があるんだけど、生まれてきた理由はないっていうこの矛盾。

ショックすぎて鳥肌が立ってしまった。

 

絵を描きたい人が「おれが絵を描く理由はこれだ!」ってのはすごくわかる。

でも「おれが生まれてきた理由は絵を描くためだ!」ってのはわからないんですよね。

 

生まれてきた理由が、わからない生物って人間以外にあるのかな?

理由がないから『存在意義』とか『社会性』が必要になっているんだと思ってるんですけどね。

 

で、ここまで考えたら『寄生獣』をなんか思い出したよ。

 

まとめられない、まとめ

「おれってなんで生きているんだろう?」から「人間が生きる必然性は?」にまで掘り下げたんですけど。

結論が『人間って弱いな』になってしまった。人間が生きる理由っていつか定義付けされるのかな?

人間が人間のために作った定義以外で...

 

この手の本で面白いものありましたら、誰か教えて下さい。おれの知識が足りないみたい。

おれは宗教家とかじゃないんで、『ヒマ人がちょっと時間を使って考えたこと』くらいで読んでいただけたら幸いです。

 

あ、一人称を『おれ』に変えます。もう『僕』って疲れたわ。

 

でわ!