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ツッコミのない笑い。ビッグバン・セオリーから学ぶ、日本とアメリカの笑いの違いについて。

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キヨスイ(@kiyosui_goraku)です。

 

huluでビッグバン・セオリーを観ていて、本当にアメリカンコメディはツッコミがないなと。ちょっと思ったことを記事にしておきます。

 

ツッコミのない笑い

ビッグバン・セオリーのシーズン7を観てて本当にツッコミがない、アメリカンコメディはツッコミがないんですよ。

えっと、今更ですがね。みんな知ってはいるでしょう。アメリカのコメディにツッコミがないことなんて。

 

日本は必ずと言っていいほど、ツッコミありきの笑いです。ボケもそうなんですけど、ツッコミがつまらないと笑いが起きないんですよね。

ボケ×ツッコミ的な?方程式で日本の面白さが決まる。

 

なんでツッコミなしのアメリカンコメディは笑えるのか?考えてみました。

 

皮肉、すれ違い、変人で笑わせる。

笑いのツボ?的なのに重視してビッグバン・セオリーを観てみました。

多くの笑いが皮肉から、生まれているんですよね。で、その皮肉を皮肉として言っていない風にする変人さで笑える状況を作ってくれています。

多くが、『シェルドン』のことを言っているんですけどね。

 

『ハワード』『ラージ』の掛け合いなんかも変人という点で笑わせてくれている。あとすれ違いとかでも笑いを起こすんですよ。

ツッコミという修正は、おそらく観客が心の中で入れて笑っているという感じ。僕も視聴中、ツッコミは自分で入れています。

 

広い世界観で常識からの逸脱

お国柄?と言ってしまえば、それまでなんですが...

狭い世界観で笑わそうとすると、ツッコミが必要になってくる感じがしています。日本のコントとか漫才ってわりと世界観は狭いですよね。

だから、ツッコミという説明がないと笑えない感じになるのかな?

 

ビッグバン・セオリーとかって、世界観はフリーダムな感じで物語は進んでいきます。宇宙とか行っちゃうしね。

このあたりの世界観が広ければ広いほど、ツッコミなしで笑える状況が作りやすくなっているような気がする。

あくまで気がするだけど、僕はコントや漫才のコメディ的作品作ったことありませんからね。いち視聴者として、感じること。

 

アメリカに常識がないということではなく、広い常識で笑わせているって感じ。常識がないと『変』が成立しませんからね。

 

設定が命になってくる。

こうなってくると、キャラ設定や状況設定が命になってきてくるでしょう。

ビッグバン・セオリーってキャラ設定は、かなり緻密ですからね。主要人物のキャラ設定がくっきり、はっきりしているんですよ。

ツッコミがない笑いだと説明という部分が排除されてしまうから、曖昧じゃダメなんでしょうね。

 

もちろん、1話分のテーマ設定も重要。

シーズン7の第1話「レナードがいない時の過ごし方の法則」でもテーマ設定はしっかりとできている。

レナードが仕事で海に行くことになって、その間寂しかっている。で、この寂しがっている相手が『シェルドン』と『ペニー』。

二人ともレナードが大好きなんですが、対比として寂しさを表してくれています。この対比の部分でシェルドンが笑いを起こしてくれる。

対象のレナードは、もちろん酔っ払って遊んでいるという。

ベタっちゃベタなんですけど、設定の中にギャップが散りばめられていて、視聴者がツッコミを心のなかで入れながら笑いをとれるんですよね。

 

日本とアメリカの笑いが大きく違いことが表現されています。

 

最後に

アメリカンコメディを見たことない人には、伝わらない記事になってしまいましたが個人的に体感レベルでちょっとわかったので記事にしてみました。

何も考えずに笑うのも面白いですが、こうやって違いを探してみるのも面白いです。

ビッグバンセオリーはhuluで見放題なので、よかったら登録してみてくださいね。

 

それでは、また。

 

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追記

落語にツッコミのない笑いありました。話の内容にもよってきますが...

日本にもツッコミのない笑いがあることを記しておきます。

関連記事:初心者大丈夫?浅草演芸で落語を聴こう!初心者ならではの楽しみ方がある!